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『君の名は。』を「夢」から妄想するその1

※本記事は『君の名は。』について思い切りネタバレしています。今作はネタバレしないで、何も知らない状態で観るのが大正解な映画ですので、未見で興味がある方はすぐに劇場へ!






こんばんは。『君の名は。』が早くも38億円突破と大ヒットを記録しているみたいですね。

【国内映画ランキング】「君の名は。」初週を上回る興収でV2 (映画.com)


前回の記事でも書いたように僕もすっかり『君の名は。』にはやられてしまいまして、パンフレット買ったり、小説版を読んだりしています。

その中で、どうしても気になって気になって頭をぐるぐる巡っているのが、この物語における「夢」なんですよね。

予告編でも「いま夢を見ておるな」と婆ちゃんが言いますが、どうもこの物語で僕は「夢」(寝てるときに見る方)になんだかすごく興味が出ちゃって、本屋で「夢」について取り上げている本をいくつか立ち読みしたり買ってみたりしました。

といってもこのブログは別に学問について論じたいわけでないのですが、せっかくなので、99.9%妄想の中に、0.01%ほどお勉強したことを交えて、



①どうして瀧と三葉は入れ替わったのか?
②どうして瀧と三葉は○○を忘れてしまうの?
※念のためここでは伏字に




この辺りについて妄想垂れ流しをしてみたいと思います。長いので今回はとりあえず①のみです!


※改めてネタバレ注意!









①どうして瀧と三葉は入れ替わったのか?


「夢」について―参考文献からちょっとだけ勉強した話

この物語では予告編でもわかるように、東京の高校に通う瀧と、岐阜の田舎で暮らす女子高生の三葉が時々入れ替わってしまうというのが一番のSF要素です。そして二人とも最初はこの入れ替わりを「夢」だといいます。

三葉は初めて瀧に入れ替わった夢で憧れだった東京ライフを満喫し「よくできた夢やな」「私の想像力すごいな」といいます。

しかし入れ替わっていない時の周囲の後日の反応などで二人はこれは夢ではなく実際に入れ違っているということに気づき、日記を残すなどして少しずつ交流しつつ入れ替わり期間を乗り切っていくのです。

最近『夢の現象学・入門』(講談社・渡辺恒夫)という本を読んでみたのですが、そこで夢についておもしろいことが何個も書かれており、その中で「夢には仮定法現実がない」というのがありました。

僕もざっとこの本を読んだだけだし、そもそも現象学?何それ?な状態ですので堅苦しくあれこれ言わずに超雑に引用しますが、

(1)夢には反実仮想がない
「現実世界」では過去・現在・未来をそれぞれ想いだしたり(想起)、未来を予想したり(予期)するそうですが、「夢世界」ではこれらも仮想現実も何もかもすべて「現在進行形」として認識するんだとか。過去の事故の場面も、未来のテストに対する不安も「夢」ではすべて「いまこここ」のリアルタイム化されてしまうんだと現象学的には考えることもできるようです。

そして夢ではハリーポッターになったりカラスになったりすることもすべて「現実化」できる(「現実世界」で虎のマネをしても「自分は虎じゃない」ってわかりながら演じているけど、「夢世界」では本当に虎だと「現実化」される)ことが特徴で「思い浮かべている」んじゃなくて「今まさに経験している」ことが特徴なんだとか。

(2)「願望充足」と「シミュレーション」?
これまた難しいので全然理解しきれてないのであれですが、かの有名なフロイトさんが「願ったことが夢ではすべて現実化する」という「充足説」をとなえ、レヴォンスオという人は、例えば明日のテスト心配だー!とかそういう懸念などの「シミュレーション」が夢でも起こり得るんだと考えたそうです。うーん、なんだか大変だ。


書いてて僕も疲れてきたので、再び雑にこれらをちょこっとだけ参考にしながら「どうして瀧と三葉は入れ替わったのか?」について!です。一応この後もたまーに読んだ本の話は多分出るかも?です。



三葉が瀧に入れ替わった理由―都会のイケメン男子への憧れ!?説



まず三葉が瀧になった理由から考えてみましょう。というより瀧が三葉になった理由はいまいち僕はわからないからです(笑)。

いきなり大胆な仮説めいたものを提示しますが、彗星が落ちて二人の入れ替わりがなくなる、もっといえば瀧が糸守町へいき三葉がすでに死んでいることを「認識」するまでの間は、「夢」を見ていた(ようなもの)と考えてみます。


瀧が三葉になっているときに口噛酒をおさめに行くシーンがありますが、おばあちゃんが「お前いま夢を見ておるな?」的なことを言いハッとなってまた瀧に戻るシーンがあり、またクライマックスでもばあちゃんは「宮水家は夢で誰かと入れ替わることがある」的なことを言うので、これはある種入れ替わり=夢と考えてみることとします。
※ここで「夢」と考えてみることで、②「どうして三葉と瀧はお互いの名前を忘れてしまうのか?」という問いにも僕なりの答えを加えられるとも思います。


三葉が瀧に変身した理由は、上記の「夢の願望充足説」がベタですが自分的には結構しっくりきます。本人が思い切り「来世は東京のイケメン男子にしてくださーい!」て叫ぶシーンもあるし、カフェへの憧れなど都会で暮らすことへの憧れがかなり強いと思われますし、ちょうど思春期でかつ「巫女」をやらされること、つまり「女子」であることにそれなりの、いや、かなり恥じらいや嫌気があったといえます。ここでいう「女子」は「宮水の巫女」というかなり狭い範囲でのスタイルではありますが。
※この辺りの心情は一人称で書かれている小説版がぜひにおすすめです!

映画版だけでなく小説版も読むとよりわかりやすいですが、三葉は瀧のルックスについても一定の評価はありそうです。というより三葉が思い浮かべる「都会」の「イケメン」「おしゃれ」のイメージが瀧だったのかもしれませんね。


上記参考文献の渡辺恒夫によれば、夢世界では妄想も現実化されるわけなので、三葉の言う通りよくできた想像がなんと現実世界に、でもある種の夢世界で実現されてしまったんだろうなあと。

ところで「三葉は瀧の時でも三葉としての自意識だから『夢』というのはおかしくね?」と思われるでしょうか。僕もそう思うのですが、一応夢の「入れ子構造」という解釈法もあるようです。まあ、よくわからないところでもあるのでこの辺は大胆にスルーしましょう!w


もう一つ、かなりオカルトな疑問ではありますが、お酒ってこういう題材にはすごい面白いと思いますね。今回瀧が三葉の口噛酒を飲むことでまた入れ替わりができたというシーンがありますが、そういえばコナン君も酒を飲んだら一瞬だけ工藤新一に戻れたって話ありませんでしたっけ?どうでもいいか。

つまり何が言いたいかというと、やっぱり「巫女さん」や「お酒」といったある意味超現実的なアイテムや記号が三葉の変身に寄与していたと考えるのが、これもまたベタと言えばベタな考察ですが気になるところです。何かこういう日本の伝承?神道?的なものに詳しい方に習ってっみたいものですが…


瀧が三葉になった理由―予言者としての役割?


先ほど参考文献の引用で夢の願望充足説のほかに「シミュレーション説」を紹介しましたが、瀧が三葉になったのは、彗星災害という未曾有の大災害を予言しシミュレーションして皆を避難させるという使命を与えられたもの=選ばれたものと考えます。


どうして瀧が?という問いはこれはもう「三葉の理想の相手だから」としか言えません。こう書くとなんだかとてもロマンチックですが、言い方を変えれば三葉の願望にがっちりとマッチしてしまったがゆえに切ない使命を負わされた大変な運命者とも言えますが…苦笑

三葉の婆ちゃんも遠い昔、知らない男の人と入れ違う「夢」を見ていたそうですが、もしかしたら宮水家は代々理想の男子像を体現するものと入れ替わる(変身できる)夢充足能力者なのかもしれません(なんじゃそりゃ)。


そして瀧が終盤で「もしかしたらこの災害を止めるためにこれまで入れ替わってきたのかも?」と考えますが、宮水家の理想の男子=巫女に選ばれし予言者としての能力を秘めた人なのかもしれません。実際瀧はすごい良いやつですし(適当)。


もうひとつ、タイムトラベルもの的に考察するなら、瀧と三葉の入れ替わりは実際には「3年」のずれがあったわけで、三葉が実際に思い切って瀧に会いにいあったのは2013年。でも当時の瀧は中学生で三葉のことなんか知らない。そして電車での「だれお前?」になるわけですが、ここで三葉から赤い紐をもらうわけです。


時系列だけで言えば中3瀧=知らない女の子に出会い赤い紐もらう→彗星大接近→高校生へとなるわけです。今作では「ムスビ」という概念がたびたび出てきますが、入れ替わりは3年後の2016年ことでも、二人は2013年にすでに結ばれていたのです。逆説的ですが、瀧が三葉と入れ替わったのは時系列的に「おかしくない」と僕は思います。



①の最後に―三葉の願いが二人を結び予言者を生んだ?

さて、今回は「どうして瀧と三葉は入れ替わったのか?」について長々妄想をしてきましたが、

2013年 三葉「東京のイケメン男子になりたいと願う」(巫女的にも成熟してきていた?)→「理想の男子」=「予言者」として瀧が選ばれる→瀧が三葉と出会い「結ばれる」→彗星の大災害→2016年 瀧高校生=三葉の思い描いた理想の男子となる→入れ替わり発生→三葉の願望充足と瀧の予言者(シミュレーション)が覚醒→そして「現実」へ

大雑把にこんな感じにまとめられそうです。②「どうして瀧と三葉は互いの名前を忘れるの?」という問いはこの「願望充足」と「予言者」としての2人の「覚醒」がポイントとなりそうです。次回はそのあたりをまた考えてみたいと思います。


うーん、もうちょっと心理学とか日本史とか民俗学?とかに詳しければなあと日頃の教養不足を嘆くばかり…とはいえこうして十人十色の妄想や想像をできるのがフィクションのいいところだし、この映画にはそんなヒントやアイテムがたくさん散りばめられていると思います。
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